ゆすらうめのころ

投稿者: | 2011年6月13日

今日、犬の散歩でよそのお庭を見ていたら、ユスラウメの実がたくさんなっていた。残った雨露が光ってきれいだった。

ユスラウメの頃に、高校2年のときの担任のH先生が突然家庭訪問に来たことがある。
高校だから、当たり前だけど家庭訪問なんて学校のきまりとしてはなくて、その先生が個人的に必要と思ってきてくれたようだった。

先生は多分、私が変わっているので心配になったのだと思う。
田舎の学校に東京からきた転校生で転校したとたんに姓が変わってしまうような複雑な家庭事情があって、成績は上位だったけどいかにも家庭で勉強などしていないとわかるようなムラのある学業態度で、昼食の時間になると教室からすっと消えてよその教室で弁当を食べて同じクラスにひとりも友だちがいない。

私は先生が来たときちょうど家にあったユスラウメの実をとって、ひとつひとつ種を取り出して、小さなカップケーキを焼いていた。ちょうど焼きあがったので先生にお出しした。
母が、「この子は家の用事もよくやってくれますし助かっています」などと口ぞえをするのだった。

先生は「この子にはこの年頃らしいハツラツさにかけるようです。よそのクラスでお弁当を食べているようだけど、一度見てみたらほんのちょっとしか食べていないし、このごろやせてきたようにも思う。ご家庭ではどんな風なのかと今日はお邪魔しました」というような意味のことをおっしゃっていたと思う。

「ケーキおいしかったよ」と先生は帰っていった。

今になって考えると、先生は私を拒食症と思ったのかもしれない。
あの頃は食べないでいるのがなんとなく快感でお弁当のご飯はほんの3口か4口ほどしか入れてなかった。

私は中年末期にならんとするいまだに摂食のコントロールがうまくないけど、あの時先生はそういうことを見越して心配してくださっていたのかもしれないな、などと今は思う。

私がどう大人になるのか、まっとうに心配してくれたのは、もしかしてあの先生ひとりかもしれない。でも、あの時の私は、先生がいったい何を心配しているのかすらわからなかった。
私はすごく上手にイイコをやれていたから。

H先生は少し背が高く、「生徒指導室の鬼」などと言われていたけど見た目はとてもきれいな女の先生だった。
ずいぶんたってからの同窓会名簿ではもう教職をやめておられるようだった。
お元気ならばそろそろ還暦。今はどうしておられるのだろう。
コワイコワイ先生だったけれど、ユスラウメを見ると思い出す先生は甘い。