夫は趣味人である。と言うと、聞こえはいい。
酒は外で飲んでこないしタバコもやらないので月の小遣いの一部は付き合いの昼飯などに使ったりもするが、大方は本とおもちゃを購入するのに使われ、残りを貯金している。
デアゴスティーニの週刊マイロボットという配本をそろえていた時は月の小遣いは4万だった。この本は1冊1400円くらいするので月に4冊買うと6000円近くなり、夫は90巻までそろえたので全部で12万円超になった。
マイロボットというのは毎号雑誌についてくる部品を組み立ててロボットを作るというものなのだけれど、店舗勤務の時の夫はその時間がなかなか取れなかった。
その後本部勤務になって給料は下がったが時間が取れるようになったときに、1階の8畳の和室の座卓の上にロボットを作りやすいように私が本も部品も道具もきっちりそろえてセッティングしてあげた。
夫は、脳の気質のせいか、目に見えている状態にしておかないと作業を継続できないからだ。
本部勤務の間は時間のある時に少しずつ組み立てができていた。
ところが、たった1年で夫は再び店舗勤務に戻された。
しかも大変有能な上司のもと、法で決められた休みすら満足に取れないほど勤勉に働かざるを得なくなった(しかもいちおう管理職なので残業手当も休日出勤手当てもなし)。
夫の頭はオーバーワークでロボットはそのまま置き去りになり、1年後また本部に戻され、今年はまた別の部署に配置となり、毎年毎年まったく畑違いの仕事を任されるので結局今の今までロボットを顧みることなく、ロボット本は夫の出すごみとホコリに埋もれることになった。
夫婦二人で住むには広すぎるはずのこの家(台所を入れて41畳分、収納は5.5畳分)がどうしてこんなに手狭になるのかというと、夫がゴミ男だからなのだ。
私はつくづく思う。夫より先には死ねない。夫を遺したらこの家は奈良県で1・2を争うゴミ屋敷になってしまう。
夫が怒涛の勤務異動のここ数年和室のゴミ部屋状態については私は見て見ぬふりをしてきた。
ロボットだけでなく、夫が職場から持ち帰った要るものとゴミのごちゃ混ぜになった紙の山やら、古本屋で買ってきて読んだものも読まないものもいっしょくたになった本たちの山は、私には分別できないし、普段からものの分別ができない上に毎年新しい仕事で頭いっぱいで余力無い夫にそれを強制できないのも十分知っているから。
仕事にゆとりが出てきた頃に本と紙の分類だけどうにか済ませてもらった。
そして、震災。
悠長に明日を信じていると泣きを見たり人に迷惑かけたりすることになると思うようになった。
今すべきことは努めてしないといけない。
たまっていた庭仕事もめどが立ち、さあ雪割草と思っていたら夏がはやくきてしまったので、家の中の片づけを始めた。
たまっていた縫い物とか台所掃除など。そして和室に着手。
怒涛のシュレッダー(1日半かかった)。要らない本やカタログチラシを紐でくくり、要らない衣料を袋にまとめ、そして「ロボット本棚」を組み立て。
3段カラーボックスを4つ横にして積み重ね裏を金具でねじ止めしてある。
夫にいつロボットを組み立てる余裕ができるかわからないが、とりあえずこれで和室の座卓は解放された。