信じられないできごと

投稿者: | 2016年6月3日


昨日は、大台ケ原に行ってきた。

東大台をぐるっと、日出ヶ岳→正木ヶ原→牛石ヶ原→大蛇嵓(だいじゃぐら)→シオカラ谷とめぐって、駐車場に帰ってきたのが3時ごろ。
大台ケ原でニホンジカの群れに出会ったという人の話をよく聞くのだけれど、私たちは出会わず、途中周遊路の木の階段の上に、ちょっと大きなフン(クマ?と思ったけれど後で調べたらキツネのものだった)と、小さなフン(黒っぽくて細長いもの。テンとか?)を見ただけだった。

ドライブウェイを下りながら、夫に「鹿さんに遭わなかったね」などと話をしながら、眺望のよい道を走り、あたりから聞こえる鳥の声を楽しんでいた。
ドライブウェイは大台ケ原に近い見晴らしのいいところは道幅も広く舗装面もきれいなのだが、下るに連れて路面も悪くなり道幅も狭くなる。山かげの間を走るようになって間もなく、道路の右側からゆったりと大きな動物が横切り、左側の斜面を駆け上がった。雌の鹿だった。助手席側にいた私は、斜面にいる鹿が立ち止まり振り向いて悠然とした顔でこちらを見ているのが見てとれた。
ああ、鹿見たね、いたね、奈良県人だから道で鹿を見てもそんなに驚きはしないけど、やっぱりいると知ってる場所で見たものじゃないしちょっとドキリとしたね、でもなんか人馴れしているみたいな鹿だったね・・・などと夫と言葉を交わした。

奈良公園の近くなら、鹿が横断してくる可能性を考えて運転をするものだけれど、こうして、いかに山間部で自然の動物が多いところとは言っても、運転中に実際に出会えることなんてホントに稀有で、いや、普通の人がレジャーでこういう山間部にたまにくるのとは違い、私も夫も、最近でこそは頻度が減ったとはいえ、山間部を車で走るのは数え切れないほどあり、鹿に出会ったのは全く初めてだったのだ。
可能性があることを「知っている」というのと、「わかっている」というのとは違う。鹿に遭えるかなと思っていたけれど、実際に鹿が車の前を横切ってみると、この道は自然の動物が横切る道なのだとあらためて理解したような気がして、夫と、ゆっくり走ろうね、と言葉を交わした。
 
さらに道を下って、あれは伯母ヶ峰のそばだったのか、周りにガクウツギの花や白い花穂の上がった草本(後で調べたらマルミノヤマゴボウだった)が目立つようになってきたところ、前方に、そそくさっと茶色い大きなネコくらいの生き物がまた、右から左に横切った。左側の低い斜面に登ってこちらを見ていたのはタヌキだった。そこはちょっと道幅が広かったので車を停めたのだけれど、タヌキが待ってくれているわけもないので見には行かなかった。しばらくその場で、マルミノヤマゴボウやガクウツギの写真を撮って、また車に乗った。
こんなことってあるんだね、ドライブウェイを下る間に2回も動物を見るなんて、なんかすごくついてるね、すごいね、タヌキなんて夜行性なのに、どうしてこんな時間にウロウロしてたんだろうね、などと、鹿を見たときよりもかなり興奮した心持ちで話した。

そして、まだまだ下る。周囲はうっそうとした山あいの道。このあたりから道はほとんど1車線。広いところで1.5車線。待避スペースのあるところもあるが少ない。
もう4時を回り、これから大台ケ原に向かう車は少ないように思えたが、下る間に3台ほど対向車もあったし、予断が命取りになることもあるような道なので、助手席の私もカーブミラーを注視しながら夫も集中してゆっくり走行する。
途中あるトンネルから500mほど下ったところだったか、道路の運転席側が下りの斜面、助手席側がかけ上がりの斜面になっているところで、おおきな、美しい栗毛色に輝くかたまりが長い尾を上下させながら右から左に目線の先を横切った。
左手の駆け上がりに着地したそれは、生まれて初めて見るヤマドリの雄だった。
近所でよく見るキジだって美しい鳥だけれど、ヤマドリはまるで、そう、火の鳥のようだった。大きくて、尾も孔雀の羽のように美しくて、あの輝く羽根の色は明るく目に残像を残した。胸を揺さぶる感動だった。

・・・私たちは、もう、なんだか怖くなってしまった。鹿は、まだ、わかる。タヌキも、まあ、たまたま重なっただけだ。
ヤマドリだって、それが単独なら、たまたまそういう僥倖を得たのだろうと思う。
でも、鹿を見、タヌキを見た後で、生まれて初めて見るヤマドリが車の前を横切って飛ぶようなことがそうそうあるだろうか。それも、たった30分足らずの昼日中のドライブウェイの道のりで。
 
私たちは、何か、とても厳粛な気持ちになってしまった。
ゆっくり、気をつけて帰ろう。ほんとに、気をつけて帰ろう。国道まで、ドライブウェイを下りきるまでもう少し、まだまだ道は危険だから、ほんとうに気をつけて・・・
 
そうして、後続車がいればきっとジリジリするような低速で、最後連続する急カーブを注意深く下っていた。
カーブミラーに白いかげが映って、あ、対向車、と私が言う間もなく、カーブにスポーツ車がかなり速いスピードで突っ込んできた。
夫はハンドルを左に切ってブレーキをかけた。路面は落石で砂利敷きのようになっていてタイヤが滑ったが、対向車にもかけ上がりにもぶつからなかった。スポーツカーの若い男は舌打ちするような顔つきで走り去った。
 
ホッとして、あーよかった、と言いながら、また走り出して、なんだか、その考えが浮かんできた。
お知らせだったんだ。きっと、也々が知らせてくれたんだ。ゆっくり走れって、気をつけて走れって、教えてくれたんだ。

そんなことはもちろんあり得ないんだけれど、そんなことは非科学的なんだけれど、そう思ってしまったのだ。

ゆるゆる下ると国道への合流を示す道路標識が見えてきて、道を左折した。国道に入ってからすぐに、食堂のような平屋の建物があって、ツヤツヤした茶色い短毛の中型犬が伏せの姿勢で何かもらった骨のようなものをカジカジしていた。
路肩の余裕があったので車を停めて見ていたら、犬は私たちに気がついて、立ち上がってじーっと私たちを見て、笑っているような顔になって尻尾を振り出した。
イイコだね、かしこいね、尻尾振ってくれるの、ありがとうね、それじゃ行くね、またね、と言いながら、夫は車を発進させた。
すぐにトンネルに入ったら、なんだか涙が出て、涙が出て困った。トンネルを出るころには涙が止まった。

気をつけて帰り道を走り、無事我が家に到着した。