どんな辛い日々も無駄じゃない、と思う。
也々の闘病があり、看取ったから、母の看取りができた。
母の看取りの日々があったから、夫の闘病を支えられてきた。
だから、私は、どんなに也々に感謝しても、し足りない。
それでもやはり、5年経ってもやはり、3月はかなしい。ハクモクレンがほころびかけているのを見て、也々の毛並みの白を思って、やはりかなしい。
それでも、日々は進むなぁ。
おうち時間のために、ペットを飼う人が多いと聞くが、いぬと過ごす時はどれだけ魅力的だろうとも思うが、愛してしまってまたあのように別離するときを迎えるのは、到底できない話だ。
もう二度と嫌だ。
・・・なんて思いながら、春の弥生の、とは言え冷え冷えする朝を、バイクで買い出しに行って帰ってきたのであった。