今年はなぜだか、ハグロトンボによく出会うんですよ。
月曜日実家に行こうといつものように原付で我が家のある住宅地から外の通りに出たところでハグロトンボに出会い、ああ、今日も道中安全に走行せねば、と気を引き締めたり。
父は職業運転手だったせいか、普段自動車にあまり乗りたがらなかった。近場はもっぱらスーパーカブに乗っていた。
おんぼろの50㏄カブに長らく乗っていたが、もう25年くらい前、私が今の家に引っ越す前にお世話になっていたバイクショップで掘り出し物のほとんど新古車のような70㏄カブを見つけて、その話を父にしたら欲しいという。
で、父のことだから相当値切って(!)このカブを買った。
そして、これを大事に大事に乗っていた。
母も原付の免許は持っていて(というか何も運転できずに田舎では生活できない)買い物などで乗り回していたが、70を過ぎてから筋力がめっきり衰えて原付が重くてたまらないというようになった。母のスクーターはもうくたびれていたので廃車にした。
半年くらい父に買い物を頼んだり父の車で連れて行ってもらったりしていたのだが、原付がないと結局家から出られないということで、その不自由さにうんざりして「やっぱり単車が欲しい」と言うようになった。
父は文句を言いながらもいつも世話になっているバイクショップで中古のスクーターを探してもらい買った。
まぁ、短慮の母のことなので、結局このスクーターも重いと言って何度かしか乗らないこととなった。
父は始末屋(倹約家)だから、単車が二台あっても維持費が嵩むと言って、結局自分のカブを手放すことにした。
それが2019年の2月のことで、手放すにしてもこれまできれいに乗ってきたのだからと最後に磨き倒していたところ、エンジンをかけたままチェーンの部分に指を引き込まれ大怪我をした。
指は何とか欠けずに済んだが、血管や神経がうまくつかなかったようで、元通りに動くことはなかった。
母のために買ったスクーターは結局父の最晩年を支えた。
それでも、長い間カブに乗り慣れた父にはスクーターはしっくりこなかったようで、いつも乗りにくい乗りにくいと愚痴っていた。「あっこ(母のこと)が乗りたい言うから買うたのに・・・俺はカブの方がええのや」
2度、単車でコケた時のことも、「カブやったらコケへんかったんよ。あれは乗り辛ろうてカナンのや」と思い出すたび言っていた。
余命を知らされてから、いつもの玄関ポーチで、「俺死んだらお前にこの単車やるわ」と父が言うので、「そんなんいつのことやらわからへんし、私の単車の方がお父さんのより新しいんやし、いらんで。まあ、大事に乗りよ」なんて答えていた。
そして、実家のカーポートに父のスクーターは残された。
6月から夫の勤務が変わり、あろうことか交通費が支給されず、車で通うと駐車場料金だけ3500円も天引きされる事態となったので(どんだけブラックやねん)、自転車通勤でもするかという話になっていた。
弟とも相談して、父のスクーターは我が家で引き取って夫の名義にすることになった。
廃車手続きをして、我が家のある自治体の方で登録もして、自賠責の変更(父→私→夫と名義変更をしなければならないとかで書類が2倍だった)も済んで、さて、実家から乗ってくるのは当然、私の仕事となったので、木曜日の夫の休みの日に車で夫に実家まで連れて行ってもらい、いつものようにゴミステーションにゴミを運んだあと、夫には一人で車で帰ってもらって私がスクーターで帰るという段取りになった。
私の方が先に出発して、住宅地から外の通りに出たところ、またフワフワっとハグロトンボがやってきた。実家の近くで見るのは初めて。
父が乗りにくいと言っていた単車は本当に乗りにくい。なんだか軸がグラグラするような気がする。この単車に乗って自宅までちゃんと行けるんだろうか・・・なんて少し不安だからか、「気ィつけて行けよ」と出てきたのかな?
はいはい、気ィつけて走るからね、とトンボに呼びかけた。
ゆっくりと走るのだが、やはり非常にグラグラする。それになんというか、路面にタイヤが絡むような感じがある。
出がけにタイヤの確認を怠ったので、これはちょっと見てみないと、と思って、バス停のある場所で単車をとめて後輪を見たら・・・ぺっちゃんこ!
父が最後に乗ったのが7月の終わり位のはずで、先週エンジンをかけてみた時には気付かなかったのに、これはパンクか?!
幸い、この単車を買ったバイクショップをちょうど行き過ぎたところで、ターンしようとするも案の定、ぺっちゃんこなので後輪が言うことを聞かない。走行する車の合間を縫ってなんとか曲がって、そこからはバイクショップまで手押しで向かった。
お昼時だったがすぐにタイヤを見てもらって、エア抜けと判明。ただエアを入れてもらうだけでは申し訳ないのでオイル交換もしていただいた。こちらのバイクショップでは、私が実家に通ったこの3年の間に3回もパンク修理をしていただいている。実家通いを話すと驚かれ、「よう通うてくれてはるな。気いつけて帰ってよ」などと温情ある言葉を度々いただいている。この日も父の亡くなったことを話すとお悔やみの言葉をいただいた。私はむしろ、このバイクショップがあったから安心して通うことができた側面もあるので、「度々お世話になりました。助かりました」とお礼を述べた。
エアを入れてもらったら、とても走りよく、スイスイと自宅まで帰ってこれた。
家まで帰ってきて、夫が途中で買ってきてくれた木曜恒例のHAPPY DINING LABのお弁当を食べながら、そっか、ハグロトンボ、「後輪がエア抜けしとるぞ、エア入れに行てこいよ」って、言いに来たんだ、なんて夫と話した。