いづこへなりと

投稿者: | 2019年12月30日

年のうちに書いておかないといけない。

星野源の「Same Thing」の配信を10月14日の朝にダウンロードした。
私は凡庸でただただ音楽を聴いたり歌ったりすることが好きなだけの初老女性なので、語彙も知識もなんにもない。だから自分の感覚だけを言葉にするけれども。
お若い方からは笑われるだろう。星野源はだいぶ遠く先に行ってしまった。
「POP VIRUS」まではまだ大丈夫だった。少しだけ先を歩いていて、ちょっと手を伸ばしたら背中に届きそうな気はしてた。
でも、「Same Thing」は違った。厳密に言うと、4曲配信中の「Same Thing」と「さらしもの」は違った。
おもしろさはわかる。そういう音を目指したいんだろうというのもわかる。でも、自分の中でずっと鳴ってきた歌ではない。
おばあさんが、かわいい孫に、あんまりよくわからないんだけれど孫の持っている夢を、それが孫の願うことなのだから事の善悪好き嫌い関係なしに「そうだね、ゲンはそうしたいんだね、ふむふむ」なんて小さくこっくりしているようなそんな感じ。
そもそも、声にエフェクトかけた曲とかラップとか、今まで全然受け付けなかった。そういう前近代的なこの耳に、「Same Thing」や「さらしもの」をねじ込んできた、それだけでも星野源はすごいことだと思う。
特に「さらしもの」。サンプリングの単調に繰り返すジャズ風ピアノの音のテンポに近寄ったり離れたりするラップのテンポ。時にメロディラインをなぞる面白さ。また、サビ部分の秀麗なメロディ。その間もずっとサンプリングのピアノは鳴っていて不調和を遊んでる。
すごい曲だけれど、もうこれは私の身の内で鳴ってくれる歌ではない。
歌詞も・・・自身を「ツァラツストラ」と呼ぶことができるくらい(でもね、やっぱり連体形は「語りし」だと思うのよ)時代の先導者を自負しているんだなぁと。もう「世界の星野源」だもんね。
ビッグマイナーやリトルメジャーの好きなおばさんにはビッグメジャーはまぶしすぎるわ。

紅白では、「いだてん」や五輪がらみで「Hello Song」を歌ってくれるんじゃないんだろうか、なんて期待してたけど、「Same Thing」なのだそうで、そうだよね、世界の星野源だものそっちだよね、と納得しながら寂しいのである。

私は、星野源の「Stranger」以前のアルバムを持っていなかったのだけれど、母が死んでしばらくしてからなぜか夫が気を利かして「エピソード」のCDを買ってきてくれた。夫は「エピソード」がどんなアルバムか知らなかったので、私が喜ぶようなことをしたいと単純な思いで買ってきてくれたのだけれど、「エピソード」の中に「ステップ」と「ストーブ」という家族の死にまつわる曲が入っているという知識のある私は、すぐに聴くことができなくて、1週間くらいしてから聴いたと思う。
「ストーブ」は、火葬の終わるのを待つ家族の歌で、歌詞のどの部分も私にとっては生々しく、特に、最後の部分「またね、さようなら」を聴いた時絶句してしまった。
母の出棺の時に私が母にかけた言葉と同じだったから。

現実の星野源が如何様であっても、「ステップ」「ストーブ」の星野源、「知らない」の星野源、「SUN」や「ミスユー」の星野源は私の中でちゃんと鳴ってる。
そういう歌を私の中に取り込めたということ、それは幸福なこと。
だから星野源、世界へでも、宇宙へでも、好きなところへ行け。


これも今年咲いてくれてうれしかった花。
真っ青なアガパンサス。愛の花(ちょっと「POP VIRUS」ジャケット風味カラー)。