今日は花粉がすごかったから家から出ず。
朝はカーネーションの最終週一挙放送を見てまた泣いて、お昼前ちょっと庭。お昼ご飯にチャーハンを作って、午後は返却日の迫った「存在のすべてを」をちょっと読んだら眠くなったので1時間ほど寝て、晩御飯の支度の後また庭をちょっと。
べらぼうを見ながら晩御飯を食べた。
舌の先に口内炎。イタイ。



一昨日の藤原岳の麓の写真。ミヤマカタバミ、オニシバリ、コショウノキ。
コショウノキはとても濃厚な香りだった。ガガイモの花の香りに似ていた。
「うちは、ここにおる」
と言って糸子はいたずら風になって車椅子の奈津の周りに吹いていた。
・・・ああ、また最終回を迎えてしまった。
三姉妹が糸子を思い出す様は逝去後5年という描写で、私は現在同じ5年経ってやはり母をときどき偲んでは涙するので、以前は、何年も経って亡くなった親を思って泣くものだろうか、とここにも書いたことがあったと思うのだが、本当にそんなものなのだと時を経てわかった。
どなたかがSNSで、「時間が経ったときにまた『カーネーション』を見て、どう感じるか、どんな新しい見方ができるか楽しみだ」と書かれていて、本当にその通りだと首肯した。私も、できたら70歳台でどんなふうに受け取るものなのか知りたい。
だから、また、再放送をお願いします。
昨日は、三重県いなべ市の、藤原岳の麓に行ってきた。
主たる目的は、ミスミソウを探すことだったのだが、副次的な目的として、↓を訪ねたかった。

2019年のこころ旅で、紅いコートの鉄子さんと正平さんがハグをするのが印象的なとても好きな回。
今年の「こころ旅クラシック」再放送で先日また見て、隣の県だから行けないこともないよなぁ、と思ってて、春の花探しとドッキングして実現した。
正平さん、この辺りでふわふわしていないかなぁ・・・と思うような思わないような。でも、ここにホントにいたんだよね。
死んでしまっても、いなくなってしまっても、思い出す者がいればちゃんといるのだ。
で、本命のミスミソウなんだけれども、結局見つけられず。
リサーチも足りなかった。せっかく遠くまで連れて行ってもらったのに残念。
ただ、自生のものでは初めて会う、オニシバリとコショウノキは見つけられた。それと、おいしいドイツパンのお店でずっと食べたかったプレッツェルを買うことができた。
歩き回ったので歩数計は12000歩近く。昨夜はバタンキュー(死語)でした。
晴れたけど、朝バイクが凍ってた。お彼岸だよ?お中日だよ?
カーネーション、ついに糸子が倒れた。
「おおきに」という言葉に涙が止まらなかった。母も亡くなる前、声が出ないのにしきりと私に手を合わせる身振りをしてた。
一生のうちで一番かわいい母だった。
夫鳥活。私は買い物。
後ろかごは、これまでの前バスケットよりも荷物が詰めやすくてよい。カバーもヨロシイ。
帰り道、金剛山はまだ頭の方が白かった。
夫に灯油を買ってきてもらった。お昼は大豆麺の豆乳ピリ辛つけ麺。
昼からは洗濯をしたり庭を見たり。しかし寒い。
ウナギ(中国産)が安売りだったから買ってきた。晩御飯にした。
贅沢なこと。
なんかねむい。今夜は早く寝ないと。
朝ゴミ出しに行ったら、車やバイクに水っぽい雪が積もっていた。
夜半までは雨だったからいつの間にか雪になってたんだろう。
一日雨の予報だったので、またショッピングモールに歩きに行く予定にしていた。
家を車で出て幹線道路まで出たら、金剛葛城山系が真っ白。二上山も。
そして行く手の方の東側の山々も真っ白。これは珍しい。
お彼岸なのに。お水取り終わったのにーーーー
モールに着いたけれど、お店の中に入らずに立体駐車場からスマホで写真を撮った。
寒かった。屋上駐車場から見ていたら、新しくオープンしたエリアの駐車場に車が集まってきていたけれど、そんなに混雑という感じでもなかったので行ってみた。
M印の古本コーナーというのがあって、かなりきれいな本でも税込100円(文庫本)なので、夫が根を生やしてしまい、そのまま12時になってしまって、全然歩かず。私は店内を一通りみたけれど、何買わず古本3冊のみ(夫は10冊買っていた)。
同じ敷地のパン屋さんがこの辺りでは初出店だというのでお昼を買おうと思ったが、店内でレジ待ちの人が1周半くらいとぐろを巻いていたので諦めた。
仕方なく、家への帰途で牛丼セットを買って車の中で食べた。和菓子屋さんに寄っていちご大福(ホントはおはぎを買いたかったけれど糖質が半端ないので)を買った。
帰宅して、仏壇と両親の写真にいちご大福をお供えした。
洗濯と片付けをして、少しこたつでお休み。
起きて晩御飯の支度。バイクの後ろかごのカバーが届いたので取り付けた。ぴったり。ヨシヨシ。
夜ごはんを食べてからおさがりのいちご大福を食べた。おいしかった。