毎日、新聞の訃報欄を見る。2年くらい前からそうしている。
ウチでとってる新聞は、著名人ではないひとの訃報が載る。
そこに私は、実父の訃報が載っていないか、毎日確認する。
もし実父が死んでも、今の配偶者のひとはそれを私や弟に連絡してこないだろう(私たちに相続が起こらないように財産の名義をみな配偶者のひとにしていると以前聞いたので、遺産分割協議なども発生しないだろう)と思われるからだ。
今は、地元の役所から直系尊属の戸籍を取り寄せられるらしいので、生死を知るのもそんなに大きなハードルでもないのだが、踏み出すのに躊躇があって。だからその代償に、毎日訃報欄を見る。
今のところまだ訃報を見ていない。必ずしも新聞に載るという保証はないから、確実なことではないけれど。
死んだからといって別に何もない。何か欲しいわけでもない。というより、死んで、配偶者のひとからも腹違いの妹たちからも何の連絡も無かったら、ああ、私(と弟)は本当に父親にとって要らない人間だったのだ、とちゃんと確認できる。それを待っているのだ、多分。仮にも親が死んだのに連絡もしてこない配偶者のひとを、ああやっぱり人でなしの泥棒だった、と蔑むこともできる。
昨日も夜に訃報欄を見ていて、父親でない別の人の訃報を知った。
ネットで知り合った方だけれど雪割草の大先輩で、同じこころざしを持った方であることはあとで知った。
時々新聞でも雪割草のことを書いた記事を拝見していた。
最近SNSでお見掛けしないと思っていた。ご病気されたと何かで見たような。
亡くなられたとは。
さよならだけが人生だ(お酒は飲まないけどww)。
昨日は中村玉緒も訃報があった。秀太郎はもうあっちでお絹さんのくるのを待ってたから、やっと親子で暮らせるね(あかんたれ)。
父親、今日で84になったのだけれど、まだ生きてるのかなぁ。
