無事カエル

投稿者: | 2025年12月28日

今日はすごく頑張った。
換気扇もガスレンジも掃除したし、灯油も買いに行ったし、午後からはチューリップを植えて、ホトトギスとボタンヅルを刈って、クリスマスローズの古葉を切った。キャロットラペを作った。晩御飯にポトフを煮込んで食べた。
隣の家の草引きをしたときに肘を傷めて、それがどんどんひどくなってる。テニス肘だな、テニスじゃないけど。
それといつもの左腕がビリビリ。
頑張れても、祟りがあるのが60代、なんだな。まぁ仕方なし。

このあいだ、ふと思ったこと。

人間という生き物は、自分がいつか死ぬことを知っている多分唯一の動物で、死ぬというのはきっと痛くて苦しいのでとても恐ろしいことのはずで、それなのに、そういう恐ろしいことが絶対やってくるという恐怖を、人によって違うがだいたい80年くらいも頭のどこかにとどめながら生きていく生き物なのだなぁ、ということ。
したたかなのかなぁ。それとも、アホなのかなぁ。

関越道の事故の死者が痛ましい。東名を20年もフルトレーラーで往復した父は一度も事故を起こさなかったけれど、それは本当に運がよかったということで、焼死という最も苦痛であると言われる亡くなり方と父と、きっとさほどの差はないのだ。父がいつそうなってもおかしくなかった。だからとてもつらい。
 
 
生きていくのは、しんどいこと。いつか死ぬことを胸に抱いて生きること。


とりあえず、今日は「無事カエル」こと。

よかったのでした

投稿者: | 2025年12月27日

昨日は先週夫が受けた検査の結果を聞くのと1週間のんだ抗生剤の効果を確認するためにまた医大に。
年内最終の診察日だし、予約いっぱいのところにねじ込んでいただいた診察なので午後までかかることは覚悟して行ったのだが、検査が尿検査だけだったためか(たいていの人は血液検査もあり結果が出るのに時間がかかる)すんなり呼ばれた。
菌種は耐性菌で、服用した抗生剤が効きにくいものだったらしいのだが、昨日の尿検査は全く正常。細胞診もあったのでがん細胞が出ないかと心配だったが(夫と同じような経過をたどったとある方のブログをずっと読んでいるのだが、その方が去年膀胱がんを治療したのを知っていたので)、そちらも全くシロだった。
本来ならスペクトルを狭めた抗菌剤治療を追加されるところだったのだが、結果がいいのと耐性菌なので(むやみに抗生剤を使うといざという時に打つ手が無くなるので)このまま放免ということになった。
また感染が起きないように水分取ってよく排出しましょう、とのこと。
会計もはやく、9時過ぎには病院は済んでしまった。
時間が空いたので、先週の通院の帰りに買いそびれたサンドイッチやさんで昼食分を買い、まほろばキッチンに行って野菜を買い、お肉の安いスーパーでいろいろ買って、帰宅してサンドイッチを食べた。
午後はダラダラして、晩御飯は鍋にした。
賞味期限のギリシャヨーグルトでバスクチーズケーキもどきを作った。

今日は二日ぶりに歩きに行って、夫も鳥活。
私は家の掃除をして、ついに新しい炊飯器とオーブントースターをおろした。
夫が帰宅して、お弁当を買いに行った。前回お弁当を買ったときに福引をしたら400円分の金券が当たって、その使用期限が今日までだったのだ。お弁当が2人分で560円で買えた。
お昼にお弁当を食べて、昼からは新聞の数独をやっていた。今回のは超難問だったのだけれどなんとかできた。この頃毎日数独をしているから数独脳になっているのかもしれない。
気がついたら5時前になっていたので慌てて晩御飯の支度。今日は冷凍のひと口カツを揚げてカツとじに。
お味あっさり目にした。おいしかった。
バスクチーズケーキ風は甘みはラカントで、米粉をちょっととおからで作ったので、食味はイマイチだったけれど、まぁ・・・


飛び去るヘラサギたち。大阪の池で。

明日は少し寒さ緩むかな。灯油を買ってこないと。

こころの風景

投稿者: | 2025年12月25日

昨日は結局歩きに行けたけれど、今日は朝からずっと雨で歩けなかった。
買い物に連れて行ってもらった。夫がかわいいカエルのフィギュアを3コくれたのでケースに入れて壁面収納しようと100均で物色。
お昼ご飯は私は残り物のシリアルで、夫は冷凍ラーメン。
午後は、買ってきた材料で工作しながらあげさんと大根をたいた。
明日明後日の寒さのことを考えたら猶予ならぬと散髪もした。
夕食の後は雨が上がったみたいだから洗濯をした。まだ終わらない。

昨日と今日のこころ旅。
両親が、海釣り(といってもサビキ釣りなのだけれど)に夢中で、毎週のように出かけていたころ、大阪の深日(ふけ)漁港もよく行ったけれど、ほとんどが雑賀崎漁港か、今日のこころ旅朝版で通った田ノ浦漁港だった。
両親は趣味や遊びをほとんどしないで生きてきたから、彼らのこの釣りブームは娘の私としても本当にうれしかった。生きることに楽しいことは必要なのだ。
両親は本当に楽し気で、私たち夫婦と一緒に行きたいと何度も言い言いしていたのだけれど、也々の病気のことがあったから家を空けられなくて、そのうちに両親も体力的に釣りに行くことが難しくなり、結局一緒に行けなかった。時間というのは思っているよりもないものだ。
也々が死んだ後に、夫に雑賀崎も田ノ浦漁港も連れて行ってもらった。田ノ浦ではしらす丼としらすの天ぷらを食べたっけ。おいしかったなぁ。
私にとっても、こころの風景だった。
今日のお便りの人は和歌山大学の教育学部の人かもしれないな。大学1回生の時、教育系大学のゼミ大会が和歌山大学であって、私はバイトが詰まってて1日しか出席できなくて、実家から和歌山線の単線鈍行に乗って行った。それが和歌山城のすぐそばだった。今は別の場所にキャンパスが移動したみたい。


大阪の池のミコアイサ。ミコアイサにしてはあんまり警戒心がなくて近くで撮らせてくれた。

ケーキのある夜

投稿者: | 2025年12月24日

いつも、鶏のもも焼を作るけれど、今年はやめて、也々の好きな手羽元のパイン煮を作った。
残り野菜やきのこをたくさん入れて豆乳スープを。ブロッコリーとレタスとミニトマトだけのサラダ。特売のカマンベールチーズと切り落とし生ハム。それと、昨日買ってきたノンアルワイン。

年を取ってきたからあんまりたくさん食べられないし、これでもごちそう。
それでも、ちょうどつけていたテレビのニュースで、県内の事業所がひとり親世帯の子どもたちに無料で送るクリスマスケーキの話題を見て、なんとも切ない思いをした。
今日、あたたかい食卓をのぞめない子どもがいること。生活に倦んだ親がいること。
申し訳ない。こんな世の中で。


1年に、3回だけ許しているケーキ。ほんとはダメだと思うけれど、これだけ堪忍してほしい・・・
おいしかった。
みんな、よいクリスマスを過ごせますように。