かなしいいろどり

投稿者: | 2025年10月3日

10月にもなってなんだけれど、おとといの藤原宮跡のヒガンバナを貼っておこう。

46年前に奈良に引っ越してきて、黄金色の田んぼのふちを彩るヒガンバナを生まれて初めて見た。
好きな色の取り合わせではなかったけれど、毎年毎年その色合わせを見ているうちにすっかり、私の中にその景色はなじんでいって、もう秋そのものの色彩と覚えるようになった。
実家の窓から見る稲原を碁盤の様に縁取るヒガンバナが懐かしい。
眼下の田んぼは30年の間に休耕田になり全部工業用地に売られて、父の最晩年に工場が2つ建った。工場の操業音を聞いていた窓ももう他人のものになった。


今はこの彩りもかなしい。


ライファーのセッカ。シュッとした鳥なので大きく見えるけれどメジロくらいの大きさ。

とびもの

投稿者: | 2025年10月2日

昨夜はしんどかったから、今日は一日ゆっくりしておこうと考えていたのだけれど、夜早く休んで5時前までしっかり眠れて頭痛も取れていたので、思い立って大阪の河口の干潟に行くことにした。
夫もなかなか鳥活ができずにかわいそうだから。

何度か行ったところだけれど、今までで一番潮が引いていてこんなに干潟らしかったのだとびっくり。
先に来ていた鳥活の人に教えてもらってシギとチドリの居場所も分かった。

で、飛んだ。


チュウシャクシギだそう。


チドリ(多分、メダイチドリとオオメダイチドリとトウネンの混群)。

ミサゴが来て、なかなか飛び込まなかったけれど、やっと飛び込んでおさかなゲット。

シギ・チは行ったり来たりしていて、割と近くにも来てくれた。今までで一番近くで見たかも。

たくさん撮れたので飛び去ったのを潮に干潟を後にした。
帰りは愛彩ランドで野菜をちょっと買い、和泉の泉北堂でパンを買ってお昼過ぎに帰宅。
午後はちょっと頭痛くなったけれどままよい一日でした。

外食ってイイ

投稿者: | 2025年10月1日

今日は夫に藤原宮跡に連れて行ってもらった。


香久山とヒガンバナとコスモス。

ノビタキはいなかったけれどセッカには会えた。写真も撮れた。セッカはライファー。

暑くなって頭が痛くなってきたので移動。近くの安売りスーパーにミニトマトを探しに行くがなかったのでまほろばキッチンまで。
さすがに10時前なのでキャップ眼鏡はいない。ミニトマトはあるのか・・・
あった!2袋買えた。他にもちょこちょこ買う。
そこからテラス席のあるお店にランチに行く。


外食久しぶり。ヒトの作ったメシ、うまーー!
お店の中も他にお客がいなかったからよかったんだけど、やっぱり外の方が安心だから。
親切でおいしくてよいお店だった。また行きたい。

ちょっと遠回りして帰宅。
暑かったので疲れてしまった。
頭痛もおさまらなかったのでボルタレン。またむくむなぁ。

10分前

投稿者: | 2025年9月30日

洗面所とトイレの換気扇と網戸に着いた埃が気になっていたので、朝の6時から掃除した。
きれいになったのでよかった。
台所の換気扇も気になるけれどまた今度。

夫は藤原宮跡まで鳥活に行った。
私は駅前の産直(キャップ眼鏡はこない!)で野菜を買い、ディスカウントスーパーに行って魚や肉を買い帰宅した。
それから部屋の掃除したりして、みそびれていた「しあわせな結婚」の最終回をみた。
昨日賞味期限の切れた絹ごし豆腐でレンチンチョコケーキを作っていたら夫が帰宅した。
セッカとノビタキがいたよう。
お昼は夫が皿うどんを作ってくれた。

午後は体が大儀なのに眠れず、いつものルーティン。

スレッズではこの間、「無言の帰宅」という言葉についていろいろ投稿があった。
「無言の帰宅」というのを、遺体やお骨が家に帰ってくるという意味にとらず、機嫌が悪いというような理由で口をきかずに帰宅することだと認知している人がいる、ということについての感想や考察がよく流れてきた。

最近の若い人は、「7時10分前」というのを、「6時50分」と考えず、「7時8・9分」と認識しているのだそうだ。

10年位前からか、たとえば「コーヒーをいかがですか」と聞かれて「大丈夫です」というのは、「結構です(要りません)」という意味になるということになって、なじめない、と思ったけれどまあしょうがないのかと思ってる。
それでも、7時10分前に7時8・9分の意味があることをとっさに思いだせないかもしれないなぁ。
無言の帰宅はこの先の人生で使う機会がないかもしれないけれど、〇時10分前は多分何度も使うだろうから、慣れないといけないかもしれないけれども不可能な気がする。


洞川の、ツリバナ?