ライトの設置方法を忘れる

投稿者: | 2025年10月8日

今日はいっぱい買い物をして、お昼からは洗濯をいっぱいして、ものすごく暑くて。そんな一日だった。

電池を買ってきたのでセンサーライトつけなおした。
前よりも低い位置に設置したので電池交換はまだ楽かな?
雨樋(縦)に挟んで取り付けるのに、クランプの取り付け方を忘れて夫婦二人で思案するもわからず、ググって判明した。
今度電池切れの時にまたわからなくなるかも?そんなじじいとばばあである。

BS12で夕方から馬のお医者さんがやってたのでつい見てしまった。
食後にはずっと前録画した「母の待つ里」の3話を見た。宮本信子にしかできないちよさんだなぁ(北林谷栄が生きてたら上手いだろう)。

来年の3月に「虎に翼」のスピンオフがやるそうで、よねちゃんと轟の話だそうで、生きてなきゃ!と思った。
がんばろう。


藤原宮跡のノゲイトウ。

気のせいか、そうじゃない

投稿者: | 2025年10月7日

夫を鳥活にやり、駅前の産直に行って野菜をちょっと買ってきた。切り花も少し。

玄関のセンサーライトの電池が切れてしまい、単2電池3つで家にストックがなかったから、買ってこなければと思いつつ行けていない。
電池交換がめんどくさいのでいっそのことコード式のを買うかとも思うのだが、防雨タイプの延長コードの10mくらいのが要るので両方買うと6000円くらいになるし、ずっと思案している。

これからは、年寄りの家はカジュアルに狙われるようになるだろうと思っている。
やる気になれば防犯ライトをつけようが監視カメラをつけようがやられるのだろうと思いつつ、まだそこまで世の中が壊れていないうちは有用だろうと。
さて、いつまでか。

「ばけばけ」。
主題歌の歌詞は好きなのだけれど、私の好きな箇所は、実はものすごく危うい歌詞なんじゃないかと思っている。
「日に日に世界は悪くなる」と「野垂れ死ぬかもしれないね」。
これは公共放送たるNHKが、朝から世に放っていい文言であるのかどうか。

私は日本国憲法というのは、この国に住む人をもう決して野垂れ死ににはさせない、という誓いだと思っている。
それが、この戦後80年という今日(こんにち)になって、極めて蔑ろになっている。
今現在、野垂れ死にすれすれのところで生きている人がいる。あるいは今飢えている人がいる。
そんな人に届くはずの生活保護について、新しく与党の代表になった人間が「さもしい顔をして貰えるものは貰おうと」といった言で攻撃し、役所は門前払いを繰り返し、本当に必要な人の2割しか受給できていない(しかも受給できた人にすら出し惜しみの減額までする)ことは知らぬふりという現実がある。
それでも、この国には「健康で文化的な最低限度の生活」を受ける権利をうたう憲法がある。
だから個々人が心のうちで「野垂れ死ぬかもしれないね」と思っていても、公共放送がそれを是認してはいけない。
「野垂れ死ぬかもしれないね」が世の中の市井の人の当たり前の感覚になってしまったら、憲法は壊れる。
公共放送は憲法の瑕疵のない理念をこそうたうべき。誰一人野垂れ死んではいけないのだとみなに知らせなければならないはず。

あの心地よい歌を、胸をざわつかせながら聞いている。
この国の壊れるのはどうにも止められないんだろう。


洞川のハガクレツリフネ。

おいしいウソモン

投稿者: | 2025年10月6日

夫が欲しい本があるというので大きなショッピングモールに行った。
本屋は10時からしか開店しないが、スーパーは8時からやってるので9時半ごろ着くように出かけた。
私はスーパーで売ってるお菓子が欲しかったのだ。


これ。
80gなんだけれど300円くらいする。ウソモンのチョコなのにホンモンより高い・・・
でも食べて見たかったから。

本屋で夫の欲しい本を買って、夫のウエストバッグをかばん屋さんやスポーツ用品店を見て探したけどなくて、それからスリコに行ってステンレスの薄型バットにふたのついてるの(500円だった)を買って、帰ってきた。
ショッピングモールは広いからよく歩ける。夫はまた膝を痛がっていた。

雨が続いたので家の中が湿気ってたけれど、昼からは乾いた風が吹いてきて洗濯物も乾いたし布団も干せた。ついでに掃除もし、洗濯もどしどしして、1階と2階を上がったり下りたり。これもいい運動。

5時からはホジュン。今日で最終回。
何といっても奥さんがかわいそうすぎた。でも、ああしてできた本を日本も中国もたくさんの人が学んで人の命を助けたのだな。
赤い袖先も先週終わっちゃったし、他の録画ドラマを消化していこう。
もう現実なんて、たくさん。

お昼にチョコか?をチョコっと食べたけど、チョコじゃないけどおいしかった。


洞川のアキチョウジ。

1本おまけ

投稿者: | 2025年10月5日


定期的に作っている、雷こんにゃくの材料。
1本を半分に切って、洗って水から湯がいて洗って湯がいて・・・を3回繰り返し、10分乾煎りしてから油で炒めて味付ける。
まぁ、小一時間かかる。

で、その一番最初の半分に切るところ。
この袋入りのこんにゃくを2袋使うから、あわせて50本、それを半分に切るので100個のこんにゃくができるはず。

ところで、私は2年くらい社員食堂でバイトをしていたので、ああいうところは無駄が出ないように人数分に合わせて材料を切ったりするから、なんとなくその癖で、多い目に調理をするときには頭の中で数を数えてる。これは意識してなくて、なんかバックグラウンドで数を数えてるような感じ。
で、わかってしまった。元のこんにゃく、52本ある。
無意識で数えているものなので、思い違いかもしれないと思って、意識して数えてみた。
やっぱり52本ある。
たまたま、25本入りのはずが26本入ってた、というのではなしに、必ずどの袋も26本入ってる。
 
こういうのが、なんかとても、好き。

ホームセンターに行って、メーター売りのものを買うと、ちょっと長めに切ってくれる。そういうのも、好き。

スレッズを見てたら、とあるチェーン店の手芸屋さんは布地をカットするときにぴったりものさしどおりに切るらしい。でも、布というものははさみの滑り方次第で布端に垂直な線で切れるものではないから、買った人が家でものさしをあててみると長さが足りないということが多いのだ、と投稿者は憤慨していた。
それはひどい!と私も読んでいて憤慨した。

量り売りは誤差がプラスの方が買い手は気分良い。買い手の気分の良さは商売にもプラスになるはず。
某手芸屋さんのことを考えると、この袋のこんにゃくはホントにすばらしいことだと思うのである。

・・・と気分の良い感じに自分をなだめておかないと、雷こんにゃくを作る面倒さを克服できない私であった。


藤原宮跡のモジュ男。