8月29日の夕方、父から電話があった。
町内に猪が出たのだという。自治会から戸別にお知らせが回ってきて知ったのだと。
奈良で最も山深い「市」であるとはいえ、45年間住んで猪が来たことなど一度もなかったのだから、父もビックリして誰かにそれを伝えずに居れなくて、私に電話してきたのだろう。
何かを話したい人が父には私しかいないのかと思うと不憫であり、また多少なりとも信頼もあるのかと思うとくすぐったい気持ちでもある、などと考えながら父の話を聞いていて、それはともかく、今の足下のおぼつかない父がいつものように玄関ポーチにタバコを吸いに出て、猪に見つかって「猛進」されたら生命にかかわるのだから、くれぐれも気をつけてね、見かけたら早く、でも転ばないように家に入ってね、と父に伝えた。
すると父は、お前こそ気ィつけなあかんぞ、と言う。「お前は単車で狭い道ばっかり行くんやから。そういうところにおるぞ」
自宅から実家への往復の間に確かにいろいろの動物の轢死体には遇うからそれが決してないとは言えないけれど、と前置きしたうえで「でも、道は居続けるわけじゃないし、お父さんのところには現在出てるわけだから、やっぱりお父さんの方が危険性高いよ」と言うと、「それでも、お前も気ィつけよ」と言う。
「うん、気をつけるよ」と話して電話を切った。
30日の朝に定時電話をした時も、猪の話をした。
野生動物はおびえさせなければ手出ししてこないことの方が多いから、もし出会ってもなるべく無視してね、と言ったのだけれど、「来たら、殺したったらいいんや」と言う。
今の父の足取りで何を言うやらではあるのだけれど、同調して、「そやな、どうやって殺すの」と言うと、「鉈で打ち殺したる」と。
そっかー、猪もお父さんも出会ったら双方不幸なことになるから、お父さんのところに猪来ないように私は神様にお願いするしかないね、などと話した。
水曜日の父は忙しくて午前9時半に訪問看護の人が来て、午後は1時過ぎに通所リハビリの人が迎えに来るから、いつもは10時前にする電話の定時連絡を11時にすることにしているのだが、この頃父はスケジュールを管理することができないので水曜日だけ11時に電話をするというのを忘れがちで、火曜日の電話の時に「明日は11時に電話するで」と伝えるようにしていた。
それが猪の話をしていたので失念して念押ししておくのを忘れたので、30日は夕方にも電話をした。
その日は野球の話をしていなかったから、父に「今日は先発、菅野やねんな?また応援するな」と言ったら、父が
「このごろお父さんよりお前の方が必死やな」と言うので苦笑して、「一所懸命勉強してるんよ。前はママがいたから野球観て一緒に応援したりできたけど、今はいてないし、一緒に話す人がいた方がいいやろって思うからね」と言うと「うん」と言った。
いつものように「こけてない?のどイタあたまイタない?」と聞くと「ない」というので、「ほんなら、明日は11時に電話するね。気をつけてね。じゃあね」と言って電話を切った。
それが、生きている父との最後の会話になった。
水曜日は定時連絡が遅めで時間にゆとりがあるので、天気が良ければまほろばキッチン(JAの産直店舗)まで野菜の買い出しに行く習慣で、その日も9時の開店に合わせて家を出て、10分ほどで買い物をして、帰り道生協に寄ってお米などを買って、10時から開店のスーパーに寄って帰ろうかそれともこのまま帰宅しようか思案して、なんとなく帰宅することにした。
10時過ぎに家の敷地にバイクを入れた時、電話が鳴っているような気がしてバッグを開けたらやっぱり鳴っていて見知らぬ携帯の番号だった。バイクを止めてヘルメットを脱いで慌てて電話に出たら、父の訪問看護師さんからだった。
定時に訪問して下さったところ、父が居間で倒れていて、意識はあるものの不清明であり、医師に連絡して救急搬送することになって今救急車が実家に向かっているところだという。搬送先は在宅医療で来ていただいている地元のセンター病院と決まっているのでできるだけ早く病院に向かってほしい、と。
電話を切って、買いだめの大量の荷物を冷蔵庫に放り込み、身支度をして自宅から1時間強かかる病院に向かった。途中病院からと救急車からと電話があるがハンズフリーなどの装備がないから聞こえないし気付いてもすぐに取れない。それでもなんとか連絡が取れて父が収容されたこともわかり、焦らぬように気をつけて気をつけてそれでも急いで走った。
途中、ハグロトンボの死んでいるのを2頭見た。ああ、父は死んでしまうのかな、と漠然と思った。
11時過ぎに病院について、母が死んでから父には3度目の救急搬送だからもう勝手知ったる救急窓口に行き、到着を告げた。
入院手続きをして、同意書に記入をしたのち、担当医師から呼ばれた。
多発性の脳内出血をしているということだった。病院に到着時にはすでに意識のない状態になっていたとのこと。特に脳梁部の出血が脳圧を亢進させる可能性があるので開頭して血腫を除くかドレナージをして脳圧を下げるかの処置を行う必要があるが、父の血小板数では術中に命を落とす可能性が高いという。ただ、血腫の方は増大しなければ自然と吸収される可能性もないとは言えないが、いずれにしても日常生活を元通りに送れるようには回復しないだろう、ということだった。
一旦また待合で待っていたが、また呼ばれて、少しの間、父に会わせてもらえた。
「お父さん、お父さん」とおののきながら呼びかけたら眉をひそめたので、ああ、聞こえてるんだ、と思って「お父さん、お父さん、聞こえてる?しんどいやろけど、がんばらな」と声をかけた。ちょっと口元が嗚咽をするようにふるえて、それがしゃっくりのようになって、苦悶の表情に見えたので、看護師さんに「父が苦しそうなのですが」と言うと、それが嘔吐のサインだったらしく、看護師さんが慌てて父を横向けにして処置をされた。
タイムアップでまた待合に出された。
生きている父に会ったのはこれが最期だった。
HCUに運ばれるまでの間、待合で待っていたら、ちょうど見知った訪問看護師の方が廊下を通りかかって、ご挨拶をするとやはり、父を見つけてくださったWさんと言う方で、何度も頭を下げてお礼を言った。バイクに乗っていて連絡が付きにくかったことも詫びた。
父が倒れていた状況も教えていただいた。
このところ父は粗相が多かったので、「家の中を汚していませんでしたか」と聞くとやはり失禁していたようで、看護師さんは父のパジャマを脱がせ洗濯してあったものを着せてくれて、居間のラグをめくり拭き掃除もしてくださっていたらしい。重ね重ねご迷惑をおかけして、とお詫びした。
HCUに父が運ばれて、再度撮影したMRIで今のところ出血の増大はないということで、今後の父の治療について担当医師と面談があり、普段から父が話していた通り、延命治療はしてほしくないというのが父の意思だったとお伝えして、それでも、脳圧を下げるためのドレナージが必要だと判断された場合は直ちに処置をしてくださいという確認をした。
入院に必要なものの用意もあり、家の片づけも必要なので、ケアマネージャーさんに連絡を入れてから病院から実家へ向かった。
実家に着いて、玄関に入ると、下駄箱の上、いつも置いてある父のヘルメットの横に、見慣れないものがあって、それが鉈だった。
ホントのホンキで、父は猪をやっつけてやろうと思っていたらしい。
おかしくて、泣けてきた。