ぽたぽた直る

投稿者: | 2025年11月4日

台所の水栓取替の工事の人が朝からくるので、朝食を済ませ7時から掃除を始める。
9時に工事の人が来て、9時半には終わった。
もう1年以上も水がぽたぽた漏れて、いったんカートリッジを調べるために分解してそのまま組み立てたら直っていたのでだましだまし使っていたのだが2ヶ月くらい前からまたぽたぽたが始まってしまった。
水栓の型が古すぎて適合するカートリッジが分からないので水栓を替えるしかない(探せばカートリッジはあるのだろうが素人では無理)。
古びた台所に不似合いな水栓だけど、やっぱり新しいものはヨイ。

水栓が早く終わったのでショッピングモールの無印のお店に行くことにした。夫は古書目当て。私はいろいろ買い物。
ちょっと高いけど衣類整理のために小さな引き出しを2個。フリーザーバッグとか布巾とか。
夫は10冊ほど本。

唐揚げやさんが周年記念とかで2個買うと1個おまけというのを知って、唐揚げ6個プラス3個おまけで買ってくる。
家に帰ってお昼に唐揚げ2個ずつ食べる。他に冷凍ご飯と千切りキャベツとインスタントスープ。
食後は少し休む。
紫大根の酢漬けときんぴらと冬瓜の豚汁を作った。
洗濯物を取り込んだので片づけて、ついでに買ってきた引き出しに衣類を整理した。ついでに箪笥の部屋の私の整理ダンスの上置きの中身(私の整理ダンスなのに夫の未使用の肌着のストックがいっぱい)を全部引きずり出して、要不要を分けて、夫の肌着の方は押し入れの衣装ケースに移した。上置きの中が整理できるようにまた100均に行ってケースを買って来よう。
夫もロクちゃん部屋で多肉の冬越し温室のセッティングなどしていた。

晩御飯は残り5個のから揚げを半分ずつ。肉々しい食生活。


諏訪湖サービスエリアから。
私の母方の祖父は諏訪湖のほとりの出身なのだ。祖父の生家に母も生後すぐは祖母と疎開していた(ろくに食べ物ももらえなかったので祖母は乳が出ず、栄養失調で「この子は育たないだろう」と医者に言われたそうな)。
長野県には中2の林間学校以来2度目。憧れの土地でもっとゆっくり旅してみたいけど多分もうかなわないだろう。

日常に戻りつつ

投稿者: | 2025年11月3日

墓じまい道中は3日間ずっと良いお天気に恵まれたが、奈良に帰ってきてからは雨がちで、気温も低め。
31日は一日中降ったり止んだりだったから、夫にホムセンに連れて行ってもらい、もうずいぶん前から調子の悪い台所の水栓の交換工事を依頼して、ついでに押し入れの模様替えのための衣装ケース8個を買って帰って、午後から押し入れと大格闘していた。

実は、前日の30日の午後に衣装ケースがいくつ入るのかメジャーで測ろうと押入れのふすまを開けたところ、なんだかヒゲの長い黒っぽい昆虫がコンニチハしていてすぐスッこんだので、(ぎゃーーーーーー!!!)と叫んでしまい、ふすまを閉めて、いやこのままにできない!と、先日使用して気分の悪くなったワンプッシュでGを退治する薬剤を持ってきて押し入れ内部にシュッとしてまた閉めておいた。
30分くらいしてから行くと、ヤツめ、悶えながら壁をよじ登っていた。すかさず持っていたキン〇ョールを間欠的にシュッ。ジタバタしながら動き回り、でも全然死なないので、ものすごくものすごーーーく勇気を絞り出してティッシュ6枚くらい重ねてヤツをピックアップしてビニール袋に封じ込めた。あーーーーーこわかった!

多分外部から侵入したヤツだとは思うけれど、もしかして我が家で成長したのかもしれず、確認するために押し入れ内全点検が必要と思われたので、衣装の入れ替えだけで済むはずが大事になってしまった。
マスクして空気清浄機をつけながら作業したけれどハウスダストには勝てず、大鼻炎祭になってしまった。
それでも、Gの糞も卵鞘もなかったのでやっぱり侵入者だったのだろう。幸いだった。

埼玉行きが猛烈な不眠をもたらしていたようで、この頃はだんだん眠れるようになってきた。
6時間くらいは眠れている。
眠れないとhba1cは悪化するそうで、今度の糖尿病クリニックが怖い。
今は朝のウォーキングを復活させて、朝の食前にキャベツの千切りにリンゴ酢をかけたものを食べている(キャベツの千切りもリンゴ酢も食後血糖値の上昇を緩やかにする働きがある)。これがどれくらい効いてくれるか。
体重はさらに落ちてしまった。困った困った。


29日の帰り道の中央道、岡谷ジャンクション。
左に行ったらおともだちの住んでる方に行けるんだなぁ、と思いながら通り過ぎた。

墓じまい覚書

投稿者: | 2025年11月1日

去年、脳梗塞を起こして半身不随と高次脳機能障害になった義弟(夫の弟)を見舞いに埼玉に行ったのだが、その時に義弟の妻から墓じまいの相談をされた。
父母の墓は同じ市内だが交通の便があまりよくないところにあり、もう義弟一家には墓守はできない。また、義弟の一人息子は難病で障害年金をもらっている身の上で墓は重荷でしかない。我が家にもご存じのように子孫はない。
満場一致(?)で墓じまいをすることに決まった。
ちょうど4年前に夫の母方の従兄が急死して、遺言によって海洋散骨をしたのだが、信心深い義弟はそれから墓への固執を失くしたようで、もとより夫も私もこだわりがないことから、父母の骨も海洋散骨にしようということになった。
その手続き全般は我が家が引き受けるのはまあ当然のことである。

夫も今年の6月くらいまでは職安のことなどで気を取られていたので、私もせっつくことはしなかったのだが、それが終わってからは「そろそろ考えなあかんのちゃう?」と言い言いし、ところがあの猛烈に長い長い夏の暑さで日々暮らすのだけでやっと。ようやく涼風たちはじめても一向に動かない夫にしびれを切らし私の猛「口」撃の開始。
重い腰をあげて夫10月初旬に下調べをはじめ、お寺に電話をしてみると意外なことにスムーズに話が決まり、役所関係や散骨業者さんにも相談して、10月27日に埼玉行きを決めたのがその10日前、ということになった。

27日は朝5時に自宅を出発。西名阪-名阪国道-東名阪-伊勢湾岸道-東名-首都高のルートで午後2時過ぎにお墓についた。
お寺に挨拶をして、離檀料と回向料を渡し、墓掃除をしておこうと思ったらすでに(おそらく石材屋さんが)きれいになっていて、途中で買った花だけを供えた。
義弟の家からでは動きにくいのでホテルを取っておいたが、チェックインを5時にしていたのでフロントで早く着いた旨を伝えたらチェックインできたから、しばらく休んで、その後近所のショッピングモールで晩御飯の買い出しをしてホテルに戻って食べた。
28日は朝9時に閉眼供養で、15分ほど前にお寺についたら石材屋さんがすでに準備万端整えて下さっていて、住職もすぐにいらっしゃり、法要はすぐに済んでしまった。お昼ごろ義弟の家に行く約束にしていたのでいったんホテルに帰り、ラフな服に着替えて、11時過ぎにホテルを出、近くのケーキ屋さんに行って義弟の好きなモンブランを買い、お昼前に義弟の家に行った。
お骨を義弟の家に持って上がり、手を合わせてもらって、しばらく雑談などして1時前に辞去。
散骨業者さんは車で1時間ほどのところで2時に予約をしてあったので車で走る。業者さんにお骨を渡し費用を支払い、最期の別れに祭壇に祀っていただいたお骨に手を合わせて業者さんを後にした。
そこからはホテルに直に帰らずに大宮のそごうへ。晩御飯にどうしても食べたいものがあったので。無事ゲットして、ホテルに向かい走る。ホテル近くのGSで洗車をする。往きの東名でフロントガラスに虫が当たって汚れがひどかったので。
きれいになってホテルに帰還。ちょっと休んで晩御飯。


これですわ。シウマイ弁当。ダイスキ。
去年は帰り道の東名足柄SAで買って、三重の東名阪御在所SAで食べたのだったけれど、今回は帰り道中央道にすることにしたのでこの日のうちに食べることにしたのだ。おいしかった~
29日。朝早く起きてホテルの朝食ビュッフェ(部屋に持ち込んで食べてもOK)をかっこみ、7時にホテルをチェックアウト。
途中SAに立ち寄り休憩や見物、買い物しながら、東北自動車道-圏央道-中央道-名古屋高速-東名阪-名阪国道-西名阪のルートで午後7時半ごろ帰宅。

ハプニングもトラブルもなく、無事墓じまいを終え、家に帰ってこれてよかった。
母に守ってもらえたかな?